エル・チョクロ(アンヘル・ビジョルド)

古典タンゴの名曲として世界中で親しまれている〈エル・チョクロ〉は、クラシックギターにおいてもさまざまなアレンジで弾かれています。その中でもとりわけ優れたもののひとつとしてプロ・ギタリストのステージでしばしば演奏されるのが、このディアンスによるアレンジです。ピッチカートなどを効果的に用いてギターらしい書法を聴かせつつも、映画『グラン・カジノ』(1946年)でリベルタ・ラマルケが歌うヴァージョンをどこか彷彿とさせるような華やかなアレンジに仕上げられています。

1×0(ピシンギーニャ)

ジャズと並んでブラジル音楽に傾倒していたディアンスですが、ショーロの大家として知られ、「ブラジル音楽の父」とも名高いピシンギーニャに関しては、ディアンスは1枚のCD(およびそれに準拠した曲集)で集中的に取り組み、11の編曲を残しました。〈カリニョーゾ〉〈ラメントス〉といった代表作とともにアレンジされているのが、この〈1×0〉です。〈1×0〉とは1919年、サッカー南米選手権でブラジルがウルグアイを1対0で破って優勝したときの出来事を指していると言われています。そのテーマ通り非常に躍動感のある曲ですが、ディアンスはその勢いを殺さないまま軽やかにギターソロにアレンジしています。

フェリシダーヂ(アントニオ・カルロス・ジョビン)

作編曲家のアントニオ・カルロス・ジョビンの作曲、詩人のヴィニシウス・ヂ・モライス作詞による〈フェリシダーヂ〉はボサノヴァを代表する1曲で、タイトルは「幸せ」を意味しています。ボサノヴァというジャンルの世界的な浸透に大きく関わっている映画『黒いオルフェ』で使われました。映画冒頭で、村の喧騒と重なるように、ジョアン・ジルベルトのギター弾き語りによる演奏が流れます。

この〈フェリシダーヂ〉は1983年にリリースされたバーデン・パウエルのアルバム『フェリシダーヂ』に収録されたヴァージョンにインスピレーションを受けたような印象はあるものの、全般的にはディアンス自身のかなり自由な発想でアレンジが加えられており、またクラシックギターならではのテクニカルな表現も存分に取り入れていて、独自の編曲作品として高い完成度を見せています。

タンゴ・アン・スカイ

1985年に出版されまたたく間に流行した〈タンゴ・アン・スカイ〉は、現在でもディアンスの作品のみならず、クラシックギター全体のレパートリーの中でも最もポピュラーな曲のひとつとして広く親しまれています。ギターならではの即興的なフレーズが随所に見られ、作曲家自身も、「(1978年に)パリで行われたパーティのときに即興演奏したもの」と出版譜の裏表紙に記しています。

タイトルの「スカイ(Skaï)」は、出版譜にあるように「なめし皮」を意味するフランス語だとしばしば解説されますが、正確には1960年代にドイツの皮革メーカー「Konrad Hornschuch AG」が製造していた合成皮革の登録商品名で、そこから派生して「偽物の革」などを指す表現となりました。いずれにしろ、天然でない、人工的な「タンゴ」だというニュアンスがこのタイトルにこめられています。

ただし、たんにタンゴを模したということにとどまらず、曲中では例えばヴィラ=ロボスのギター作品に聴かれるような、ディミニッシュのスケールやコードを効果的に用いたフレーズが現れるといった、ディアンスらしい「遊び心」が加えられています。この曲によって早い時期から広く名声を獲得したディアンスが、遺稿としてピアソラの編曲作品を書いていたことは、単なる偶然ではないめぐり合わせがあるのかもしれません。

リブラ・ソナチネ

第1楽章 インディア
第2楽章 ラルゴ
第3楽章 フォーコ

ディアンスの代表作品のひとつである《リブラ・ソナチネ》は、〈インディア〉〈ラルゴ〉〈フォーコ〉の3楽章からなる15分ほどの大作で、1986年に楽譜出版されました。ただし、1985年にリリースされたLPアルバム『ジョルジュ・ブラッサンズ讃歌』(エネスコ四重奏団と共演)にすでに収録されており、作曲はそれより早い時期となります(同じく〈タンゴ・アン・スカイ〉もこのアルバムに収録されています)。つまり、ディアンスが20代のころの作品と考えられますが、すでにディアンスらしい書法や特殊奏法が散りばめられており、ディアンス作品のなかでももっともよく演奏される曲の1つとなっています。

タイトルの「リブラ」とは「天秤座」のことで、作曲者自身の星座を指しています。ディアンスの編曲作品〈ヌアージュ〉(ジャンゴ・ラインハルト)の末尾と同じアルペジオから始まる第1楽章〈インディア〉は、変拍子を多用した蠱惑的な楽章で、弾き手のグルーヴ感が試されます。冒頭と同じアルペジオで消えるように終わると、スフォルツァンドで始まる第2楽章〈ラルゴ〉に続いていき、広いダイナミックレンジと鮮やかなハーモニーで聴き手をドラマティックな世界へ誘って第3楽章への期待を高めます。そして次にくる〈フォーコ〉は、派手なテクニックとそれが織りなす独特な音響で悪魔的な魅力を感じさせる最終楽章で、しばしば単独でも弾かれる大人気曲です。コーダまで疾走するように勢いよく進み続け、最後は特殊奏法をふんだんに用いたフレーズで爽快に作品を締めくくります。

ハムサ

第1楽章 最初の便り(フランシス・クレンジャンスに捧げる)
第5楽章 チュニス・チュニジア(デューシャン・ボグダノヴィチに捧げる)

他楽器とギターのための室内楽作品は非常に少ないディアンスですが、ギター同士のアンサンブル作品は多く残しています。その中で最も演奏される機会が多いのが、ギターカルテットのための〈ハムサ〉です。「ハムサ」というのはアラビア語で「5」を表し、5つからなるそれぞれの楽章は、フランシス・クレンジャンス、ニキータ・コシュキン、アルノー・デュモン、セルジオ・アサド、デューシャン・ボグダノヴィチといった、ディアンスと同年代の5人のギタリスト作曲家たちに捧げられています。全体を通して親しみやすい曲調で書かれており、ディアンスらしい特殊奏法(さらには「遊び心」など)も随所で使われています。特に、パーカッシブな奏法を多用した最終楽章〈チュニス・チュニジア〉は、アラビア音階のエキゾチックなメロディーとその奏法とが相まって幻惑的な効果を出すことができ、単体で弾かれることも少なくありません。

※本コンサートでは時間の都合上、第1、5楽章のみ演奏します。